ふるさと紹介

遷宮を終えたばかりの「伊勢神宮」外宮様にちくわを奉納

伝承の大切さと重みを踏みしめながら外宮に精進を誓って参りました。

20年ごとに社殿などを一新する式年遷宮。この催事は日本古来の技術を伝承するための大切な行事でもあります。
伝統の味を受け継ぎ、伝える立場になって改めてその大切さと重さを自らに問いかけているヤマサ七代目。そんな中、縁あって昨年からちくわをお納めしている伊勢外宮に、支えてくださる方への感謝の気持ちをとくわに込めて、「正直なものづくり」への誓いとともに納めて参りました。


1300年以上、伝え、継いできた祭事。携わる職人たちへの思いも馳せながら。

伊勢神宮の社殿と御神宝を20年ごとに一新する式年遷宮は、10月2日の内宮の遷御、続いて5日に外宮で遷御が営まれ、6日の諸祭を終え8年間の式年遷宮のすべてを無事に終えられました。

式年遷宮の始まりは、なんと飛鳥時代。690年、持統天皇の下で始まりました。社殿を瑞々しくすることで神の意向を高める営みです。

内宮と外宮の御正殿や宇治橋、鳥居などを替え、714種1576点にも上る宝物や調度品が新しくされます。8年かけて行われる式年遷宮のクライマックスが内宮の遷御。私もテレビの特番を食い入るように見させていただきました。

絹の幕で囲まれ新正殿へ運び出される、御神体の八咫鏡(やたのかがみ)。闇の中を松明と提灯のかすかな明かりがうっすらと照らし、150人もの神職らが雅楽と共に静々と進む姿。1300年前と同じことが繰り返されています。「20年」という期間は、1300年伝え受け継いできた日本古来の技術を伝承する為に、誠にちょうどいい期間であるそうです。今回、式年遷宮に関する様々な報道の中でも、祭事に携わる各分野の職人さんたちが多く取り上げられ、私も注目してまいりました。
今はその方々に「ご苦労さまでした」という思いでいっぱいです。


伝統を受け継ぎ、伝える立場になって改めて自問するその大切さと重さ。

20年前の式年遷宮は、記憶にほどんどなく、また全く関わりもありませんでした。私自身の立場も現在と違い、「伝」「継」という意識がまだまだ希薄だったこともあります。ヤマサちくわの伝統の味を受け継ぎ、次世代に伝えてゆく立場になった今、20年に一度繰り返されるこの式年遷宮を見る目が変わりました。

「昔も今も変わらぬ旨さ」をヤマサちくわの企業メッセージとして長年使っています。
「伝えることの大切さ」「継いでいくことの重さ」を改めて自分に問い掛けています。


厳粛な雰囲気の中、一歩一歩玉砂利を踏みしめながら参道を進みます。


揃いの半纏を身にまとい、三宝に載せたちくわを納める七代目。


遷宮を終えたばかりの新宮で新たな誓いとともに、心を込めて柏手を打つ。

正直なものづくりへの誓いを、丹精込めてつくったちくわと共に奉納。

10月17日、遷御を終えられたばかりの外宮様へ、弊社の「鯛竹輪、特選ちくわ、特製ちくわ」を奉納させていただきました。三宝に3種類のちくわを載せ、一列になって一歩二歩玉砂利を踏みしめながら進んだ外宮の参道。

「ヤマサちくわの伝統を紡いで来た多くの先人への感謝」、「今、頑張っているヤマサちくわスタッフへの感謝」、そして何よりも「ヤマサちくわを支えていただいている多くのお客様、地域の皆様への感謝」の気持を込めて奉納して参りました。

「ありがとう」の気持ちが沢山詰まったちくわは、三宝の上で嬉しそうに見えました。

伊勢「外宮」御祭神「食」と、「産業」の神様「豊受大御神」様に「正直なものづくり」「今後の目標」を誓った手書きの宣誓書と共に、丹精込めてつくった自慢のちくわをお納めできるようになったのは、伊勢商工会議所とのご縁で、昨年から。

気持を込めて柏手を打ち、遷宮を終えられたばかりの新宮に新たな誓いを立てさせていただきました。

これからも美味しさにこだわって、日比努力精進を重ねて参ります。
毎日、ちくわを作っていける幸せを感じ、一本一本に思いを込めて。

(2013年 七代目佐藤元英)


外宮様からいただいた奉納証明書。
見るたびに身が引き締まります。

どうして外宮さまなのか?
外宮は豊受大御神(とようけおおみかみ)がお祀りされています。
雄略天皇22年、天照大御神(あまてらすおおみかみ)の朝夕の食事を司るために、豊受大御神が丹波の国から山田原(今の外宮)に呼び寄せられ、御饌殿(みけでん)を造営。一日2度の食事である朝夕の御饌(みけ)のお世話を1500年一日も欠かさず続けられていることで、「食」の神様と言われているからです。

(掲載日:2013年11月)